This is Why I Write.

バスケ関連・書評・旅ログを中心に書いています。

【書評】それをお金で買いますか 市場主義の限界

それをお金で買いますか 市場主義の限界
 
この本の著者は「これから正義の話をしよう(Justice)」で日本国内でも有名な、ハーバード大学教授(政治学)のマイケル・サンデル氏。
原書のタイトルは、
「What Money Can't Buy」(お金で買えないもの)だ。
 
本書を読んだきっかけは、たまたま市の図書館に置いてあったから。
今回は本屋で購入し、再読した。
最近はホリエモンやちきりんなど、市場推進論派の方々が書いた本をいくつか読んでいたからだ。
本書は昨今溢れているそのような市場主義擁護論に対して、疑問を投げかけている。
数多くの例を提示し、なぜ市場の規範に違和感を覚える場合があるのかを丁寧に説明している。
 
なので、市場の力を(理由もなく)信奉している方には是非読んで頂きたい。
なぜなら、著者によると市場の規範を取り入れることにより、腐敗してしまう財やサービスが世の中には存在するらしいからだ。
つまり、市場による効率的な価値の分配という利便性を妥協してまでも、守るべき道徳というものがあるということである。
それが本書のタイトルである「お金で買えないもの(What Money Can't Buy)」の意味するところである。
 
    自由放任主義は2種類の異論を招く。1つは強制と不公正にかかわるもの、もう1つは腐敗と堕落にかかわるものだ。(p.268)
 
本書で議論されているのは上記の2つである。
 
1つは市場社会において、強制的に取引せざるを得ない立場に追い込まれている個人による取引は、自由な意思に基づいているとは言えないのではないか、という趣旨の異論。
 
自由放任主義者は個人の権利として、その人が所有しているものは常に自由に取引するできる権利があると主張するだろう。
しかし個人が取引せざるを得ない状況に強制的に追い込まれているとすれば話は違ってくる。
またその状況下での取引を自由意思に基づいた判断と言ってしまうのであれば、根本的な問題(例えば貧困)が無視されてしまう恐れがある。
 
そしてもう1つは、本来市場で取引されるべきでないものを商品化し市場で取引されることで、道徳的腐敗を招く可能性があるという趣旨の異論である。
 
本書の例の1つとして挙げられていたライフセトルメント業界がその例だ。ライフセトルメントとは生命保険の買い取り事業だ。買い手は末期ガンなどで余命が限られた人の保険を買い取り、売り手は生きている間に使うことのできる現金を買い手から得る。双方に取って利益のある話であり、誰も文句は言わないかもしれない。しかし買い手は売り手が死ぬまで保険料を払い続け、そして死ぬことで、保険料を得ることができる仕組みだ。つまり買い手にとってこの取引がペイするか否かは、どれだけ早く売り手が死ぬかに掛かっている。買い手は心の中で売り手が早く死ぬことを願うのである。果たしてこの取引は道徳的にいかがなものなのか。「人の死」を取引して良いのかという倫理的な問題が挙がってくる。
 
市場が反映したり促進したりするものは何らかの規範であり、市場で取引される善を評価する何らかの方法なのだ。したがってある善を商品化するかどうかを決める際には効率性や分配的正義の先にあるものを考えなくてはならない。(p.118)
 
「人の生命を商品化すれば、人間の規範にどのような影響を与えるのだろうか。」
商品化する前にこのような疑問を投げかけ、「人の生命が取引される市場」が、人々の生命に対する評価にどういった影響を与えるかを考える必要があると筆者は言う。
 
さまざまな財や活動に関して、私が本書で一貫して言おうとしてきたポイントが、ここに表れている。つまり、市場の効率性を増すこと自体が美徳でないということだ。真の問題は、あれやこれやの市場メカニズムを導入することによって、野球の善が増すのか減じるのかにある。これは野球だけだなく、我々が生きる社会についても問うに値する問題なのだ。(p.259)
※第五章で野球のスカイボックス化の影響について考察している。
 
本書において著者は一貫して、
「市場化の取引される財自体に与える影響」を鑑みる必要があると説いている。
その財が市場化によりどれだけ効率的に分配されるとしても、それによってその財が持つ善が失うものについてを議論しなくてはならない。
そして、そのような議論を真剣にしなければ、我々の生活は市場化の波に押し流されてしまうと著者は警告する。